上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こんな言葉を拾いました。

悲しいときに決心するな
無題8b
怒っているときに返信するな
無題7
幸せなときに約束するな

以前UPしたまま上げてみました。この言葉もこの画像も大好きです。(後半大なりでw)
やっとできました。長いので分けた方がいいのかしら?



私の目は、見えるものだけを追い掛けていた。
理解できないものからは、目を逸らせた侭で。

教えてくれたのは、あなた。
あなたはすべて、知っていたのね。



***



頭上を覆う小さな銀杏葉たちの先には、水を溶かした青が遠くまで抜ける空。
涼風を頬に流しながら、トンマンは高層ビルの群れの中の、ひときわ目を引く一角へとおとがいを向ける。
軽やかな足の下で、雨粒のように山吹色が跳ねた。

幾人もいる警備員や受付の女性たちと会釈を交わす。すでに顔馴染みだ。
レストルームで息と身なりを整え、足踏みを堪える躯でエレベーターを待つ。
落ちてくる数字に焦れながら--、何故だろう。彼女はふと、惹きつけられるように振り返った。

すらりとバランスの良い引き締まった体躯に、その長身。
襟足まで届く後ろ髪に、右目を覆うように下ろされた前髪。
無造作ながらも洗練された品格をも兼ね備え、仕立ての良いスーツこそ身に付けてはいるが、ノーネクタイ。おまけに襟首のボタンはしっかり開けられ、とどめとばかりに冷酷さを滲ませながらも、どこか色香を漂わせる甘いマスク。
おおよそステレオタイプの会社員とは一線を画している。
彼の人は手元の資料を眺めつつ、眉を寄せていた。その様さえ、威風堂々とした佇まいであった。

「……ピダ--っ、」

トンマンが手を伸ばそうとした矢先、ピダムは声を掛けられたらしく、足を止めた。
彼の隣には、短い髪を上品に撫で付けた女性。トンマンからはその長身な後ろ姿しか見えない。
--横顔が、笑った。
声が重なる。
二人の距離が縮まる。
再び、ピダムが歯を見せた。
一段と軽やかな声がトンマンの耳に響く。
先ほどまでの光がまるで雲の切れ間に覗いた太陽だったかのように、立ち込める重い暗雲がトンマンの胸を塞いでいった。

「あれ、トンマンちゃん?」
「こ、こんにちは。カンさん」

傍に立つ彼に、トンマンはまったく気が付かなかった。

「そんな他人行儀な呼び方しないでいいのに。敬語も使わないでよ。歳もそんなに違わないんだし、ね?」
「いえ、そんなことはできません。私はまだ、学生の身ですし……」
「俺も去年までは君と同じだったんだから。気にしないで。あー……例えばほら、俺のこと男友達だって思ってさ、名前で呼んでみてよ」

と、冗談めかしに肩をぽんと叩かれれば、トンマンの口元にも自然と苦笑が湧いた。
けれどこうして弾む軽口に応えつつも、トンマンは自分以外の誰かが躯の中に入っているような奇妙な感覚を覚えた。
意識はあるのに心と隔たりを感じてしまう、はっきりとした違和感。
(そんなことはない。私、ちゃんと笑えてるもの)
だから何の問題もない。
大丈夫。大丈夫なのだと、彼女は笑みを深くした。

「あっ、そーだ。専務だったら、秘書課の美人と話してたよ。最近よくうちの課に来るんだよね、あの人。俺の気の所為かもしれないけどあの二人、」

なんだか、すごく親密そうに見えたなぁ。

「そう、ですか……」

胸を塞いだ暗雲が、トンマンの目と耳をも塞いでゆく。
彼女の長い睫毛が揺れる瞬きの刹那、目蓋の裏には見詰め合って笑う男女が映る。
ピダムは気づかない。
視線一つ、此方には向けない。
近づく距離。
ピダムの目はあの女(ひと)だけを映して、
笑った。
--遠い。
トンマンからピダムまでの距離はあまりにも、遠い。

「ま、俺はあんな子よりも--」
「すみません…! 私、急用を思い出してしまって。失礼します」

トンマンは逃げ出した。どうしようもなく、此処にいることが堪らなくなった。
まるで在り得ない、想像すらしていないものを見てしまったかのようだ。
いやそれはおかしいと、トンマンは頭を振った。
おかしいだろう。ピダムが他の女性と共にいることが、まさか在り得ないとでも思っていたのか。

(なのに私は、どうしてこんなに泣きたくなるの!?)

考えが纏まらない。答えに辿り着こうとすればするほど、頭の中で思考の糸が幾つも絡み合う。
息が詰まる。鼓動が急き立てるように鳴り響く。
トンマンは喉の奥に篭もりそうになる熱を短く吐き出した。
己の中の何が、これ程までの痛みを煽っているのだ。

--ピダムが、笑っていた。

当然のことだ。
これまでだって幾度もあった。幾度も見てきた。
それだけの、それだけことではないか。
何を、私は、
私は何をそんなに--

ソファに投げ出したバックから、携帯が覗いている。
おもむろに発信履歴を呼び出す。
スクロールしてゆけば、どこの画面にもピダムの名が踊っていた。呼び出し音が鳴る前に切ってしまうことも多くて、そんな過去の自分をトンマンは嘲笑った。
次に着信を見ると、チョンミョンや大学の友人たち、モデル仲間の一群の隅にその名は紛れていた。

「……この電話は、電源が入っていな」

震える指が繋げた温度のない声は、トンマンの耳から指先からこぼれ落ちてゆく。

『お前には、まだ早いだろ』

あつらえた服やメイクをよく似合うと、手放しで褒めてくれた友人たちの笑顔が浮かび、歪んだ。
黒曜の双眸を覗き込めば、応えの視線はトンマンにではなく空に解かれ、さり気なさを装って繋いだ手は、苦笑にも似た笑みでやんわりと解かれていった。

--呼べば応えてくれるのに。
--見上げれば、小さな笑顔をくれるのに。

踏み出した一歩はその分引かれ、声に出した想いはやさしい沈黙に相殺された。
今のトンマンには、ピダムからの拒絶が即ち世界からの拒絶にも思えてしまう。

「……ピダム、」

振り返って欲しくて、追い掛けた。
声が聞きたい。
笑顔が見たい。
ずっと傍に居たくて、諦めることなんてできなかった。

--好きなの。

あなたが好き。ピダムが好き。
この気持ちを伝えたかった。
エゴだってわかってる。一歩踏み出したくて、その後のことは考えないようにしていた。
綺麗な『私』をあなたに届けたかった。それだけだったのに。

「ピダム!」

どうして他の人にも笑うの?
どうして彼女ならいいの?
どうして彼女の前なら、あなたは笑うの?
--あんな顔、私には見せてくれなかった。

抑えた声は、涙に変わった。
トンマンは唇を噛み締める。

どうして私じゃダメなの?
私だけを見て。
他の誰もを見ないで。
--ねぇ、私だけを見てよ!

トンマンは抱えた膝に顔を伏せた。
激しく頭を振る。
こんな自分が嫌で堪らない。
こんな自分がいるなんて、知らなかった。知りたくもなかった。
トンマンは笑った。
その唇は歪んでいた。

泣き疲れて目を閉じてしまうまで、彼女は同じことばかり考えていた。


関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://migime1818.blog24.fc2.com/tb.php/294-6c451063
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。